デフアカデミーへの想い(尾中より)

デフアカデミーを運営するNPO法人Silent Voice(サイレントボイス)の尾中友哉(おなかともや)です。まずはこのページを見てくださり有難うございます。かなり長いのですが、本当に僕たちが初心を忘れずにこのデフアカデミーを運営していくために、このページに思いの丈を書ききろうと思いました。そして、その初心というものは私たちの法人としての「想い」に他なりません。このページを見ていただいている方ともこの思いを共有したいという気持ちです。デフアカデミーに限らず、Silent Voiceのすべての活動につながっている部分なのです。

↑動画で見たい方は、2017年12月17日に登壇してお話したTEDxKobeの映像をご覧ください。違うプロジェクトの話ですが、僕自身の原点をお話しています。

まずは全ての始まりは、僕の両親が耳がきこえなかったということです。両親ともに100dB以上の重度難聴であり、音の感覚を知らないレベルです。僕自身や僕の三人兄妹の妹二人は耳がきこえます。しかしながら、家庭内では当たり前のように手話で話し、僕はむしろ日本語の発達のほうがかなり遅い方でした。しかし、手話も立派な言語であり、自分の思いや家族の誰かの思いは、手話の表情や動きの表現も伴って、むしろ日本語よりもダイレクトに共有していました。その両親のもとに生まれたことは、可哀想に思われることもあるのですが、当事者としては何も不幸なことではありません。むしろ幸せに満ち溢れているそんな家庭でした。長男で長子でもあった僕は、幼い頃から両親の通訳をして両親のできないことは子どもがカバーして、子どものできないことは両親がやってくれる。お互いに助け合っていることは家族の絆の他なりません。そこに「障害」なんてあったかなぁ・・・と全く聴力のない両親との体験を通して、心から思うのです。

ーーーーー この思いは、僕自身が「障害は(人自身ではなく)社会や環境の中にある」と考える原点になっています。

そして僕は、両親から数え切れないほどのことを教わりました。思えば、きこえないことによって不利なことがたくさんある、そんな状況の両親を常に見てきたからこそ、自分の心に今も響いているのかもしれません。心に残っているものは、一言で言えば、ただ一生懸命生きている二人の人間。その両親の姿を僕は物心がハッキリしたときから、まじまじと見て生きてきたのです。

父は勤勉な人物でした。(今も生きてますし、今も勤勉?です笑)頭の良い家系で、父もよく勉強ができたと聞いています。少し年上のいとこや親戚が華々しく志望していた大学に合格したり、就きたい仕事に就いたとき、父も他の親戚と同じように夢や希望を膨らませていたことかと思います。しかし、当時の父の環境には進学の選択肢は全くと言っていいほどなかったそうです。今の時代のように情報も発達していませんから、アドバイスをくれる人もいなかったそうです。当たり前のように聾学校(きこえない子どもたちの学校)に進み、父は大手メーカーのエアコン工場に勤めました。それは、立派な仕事でもあります。しかし、父は「本当に自分がやりたいことはなんだろう」と考えてしまったのです。ベルトコンベアーを流れてくる、エアコンの部品に決められた箇所にネジを留めていく。その繰り返しです。父はもっと自分の力を発揮できる場所を探していたのだと思います。「働く先の選択肢なんてなかった…でも…」父の心に溜まっていたであろう葛藤やもどかしさを想像すると、息子の僕としては涙が出ます。父は、家族を守るために真面目に30年仕事を続けてくれました。父は、僕が大きくなるまで細かい仕事の内容を教えてくれませんでした。でも、子どもながらに父の仕事へ向かっていく背中をいつもかっこいいなと思っていました。

母はいつも家庭を守ってくれていました。調理師でもある母の手料理はいつも美味しくて夕食を家族みんなで食べることが楽しみでした。明るくて天然ボケ?な母は、抜けているようですが周りにいつも温かい方々がいて、僕が幼稚園の頃は、みんなで手話を付けて劇をやったり、手話で歌を歌いました。そこから発展的にママ友達や保育士さんで結成された手話教室もあったそうです。
そんな母は、僕が高校を卒業した頃、喫茶店を立ち上げました。喫茶店の経営者になったのです。

途中です。ぼちぼち書いていきます。

NPO法人Silent Voiceがデフアカデミーを運営する目的は、聴覚障害・難聴児が「教育機会の均等」を得ることに近づくためです。時代は既に変わり始めています。聴覚障害・難聴者から医者議員スポーツ選手喫茶店経営者(弊社代表尾中の母です)・企業の管理職などなど挙げきれないほど、活躍の場は広がっています。そして、社会制度・人工内耳などの医療的手段・情報保障ツールなどによってそれは今の子どもたちが大人になる頃には、さらに広がるのです。

途中です。